FC2ブログ

共同戦線トゥインクルプリキュア#47

プリティの『プリ』じゃないぷり……?
どうも!感謝祭に行こうかどうか悩み中の僕です!

そう、HUGプリの予告CMを観ていて
気付いたんですけど、敵モンスターの
顔がかなりウザイナーに近いんですよね。
巷で、原点回帰っぽさが
指摘されてるみたいですが
(それにインタビューか何かの
ソースがあるのかは知らないんですが)
この敵モンスターのデザインも、
過去作に対するオマージュなのかもしれません。

敵の、幹部以外のデザインというのは
あまり、話題に上ることが少ないと思うんですが、
過去の記事でも何度か書いてますが、
個人的には結構、重要だと思っていて、
プリキュアというのは基本的に、
必ず変身して戦うという
一話一話の流れのテンプレート的なものがあるわけで、
良い意味でも悪い意味でも
お約束とマンネリが生じる物語構造になっているんですが、
各話のモンスターのデザインや能力に個性があれば、
戦闘の描写にバリエーションを持たせることができて、
悪い意味でのマンネリを、ある程度、打破できる。

5は、チームのコンビネーションによる
戦闘描写のおもしろさというのもありつつ、
やはりそれぞれの敵モンスターも
個性的なデザインが多くおもしろかった印象があります。
フレッシュは、幹部の性格を変えることで
生み出すモンスターの能力に幹部ごとの
差異が生じていたのがおもしろかったですね
(サウラーの本音しか話せなくするヤツとか)。
アラモードでは、モンスターだけでなく、
敵幹部が自分で使う武器を生み出して
襲い掛かってきたりと、バリエーションを
増やす工夫がなされていました。

で、スタプリも、幹部の戦い方や、
生み出すものにそれぞれ個性を付けていて、
バリエーションが持たされていたと思います。
ただ、スターの足場生成とか、
これまでのシリーズであまりなかった、
宇宙での戦闘シーン等の描写の方が、
目立つポイントではあったかもしれません。
モンスターで印象に残っているのは
エレナママのため息扇風機ノットリガ―とか
ヒカル祖父の眼鏡ビームノットリガーとかですかね(笑)
あと、カッパードさんのイエティ盾&剣とか(笑)

一方で、ハトプリからは
戦闘の盛り上げ役として
無個性な、雑魚キャラ
(exショッカー戦闘員)が
出たりするようになって、
ハピプリでは、まぁ、キュアラブリーが
チョイアークを、もう、無茶苦茶にね(笑)
『使って』ましたけども(笑)
いや、まぁ、でも、これ、笑い事ではなくて、
あの雑魚キャラというのは、
ほとんど物語上、小道具と同じような扱いといいますが、
キャラとして扱われていない
=人間として扱われていない、わけです。
ハトプリのスナッキーは、人間ではなく
砂のつまった変な奴らで、砂袋製だから
乱暴に扱われても平気、というあたりを描くことによって、
その辺の闇というか、ネガティブになりかねない部分を
一応、回避していたわけですが、
ハピプリにいたっては、もう本当に
文字通り『道具』扱いといいますか(笑)
ま、チョイアークというものが、
どういう存在なのかわからないので
何とも言えない部分ではあるんですが、
愛とか何とか語る作品で、
敵キャラを人間扱いせずに
無個性な『その他大勢』として、
ボコボコにすることの是非は如何に……?
という疑問もね、僕はハピプリに持ってしまったりもしたわけです。

そこで今回の、というかここ数回のスタプリが
雑魚キャラの中の人達を描いたというのは、
なかなか新鮮なものがありました。
そういう描写が今後のシリーズでも絶対必要か、というと、
そこにはエンタメとの兼ね合いがあるわけですけども
(とにかく大勢の敵をぶっ飛ばす爽快感とものもある)
でも、認識としては、やっぱ出てきて当然の認識だと思いますし、
スタプリのテーマにおいては、描くべき部分であったなと思います。

名もなき戦闘員たちがドーナツをもらって無邪気に笑ってるシーンとか、
こちらが、悪人だと思っている相手だって生きているんだから、
当然、泣いたり笑ったりするわけですよ。
戦争になれば、日本だって、鬼畜米兵なんて言って
米兵を非人間的に扱ったりしたわけですけども、
結局敵対している相手も、鬼ではなく、
自分と同じように、感情があるんだってことを、
あるいは意図的にかもしれませんが、
しばしば人間は忘れてしまうわけです。

カーレンジャーの、敵のボーゾックも、
巨大化するための芋羊羹を、
普通に町の和菓子屋で買うんですけども
(観てない人には意味不明の文章だなこりゃ(笑))
確か何かの記事で、メインライターの浦沢義雄さんが
「悪人だって普段の生活があるのだから
普通に買い物したりするに決まっている」
というようなことを言っていたとか何とか、
読んだ記憶があるのですが、
まぁ、つまり、そういうことですね。

カーレンジャーのボーゾックといえば、
終盤で、スタプリと同じように、
黒幕に操られていたことを知って、主人公たちと共闘するんですね。
いや、これはスタプリ=カーレンジャー説、あるか?ない
ボーゾックは惑星を破壊したり、結構ヤバいことしてるんですが、
何のお咎めもなく、最終的になぁなぁに
平和な世界に馴染んでいくんですね。

スタプリは、最終的に許されるにしても、
最低限の謝罪と、贖罪はあるんじゃないかなと
(罰というよりは、自発的な贖罪みたいなものに
なるんじゃないかと)
予想はしていますが、現時点では
ノットレイダーからの、感謝の言葉はあれ、
謝罪や、今までの行いを悔いる言葉は出てきていないわけです。
これはまだ、同じ敵がいるから、
同じ方向を向いて戦っているだけであって、
完全に、ノットレイダーと、他の人々が
和解したということでは、ない、ということでしょう。

部下の、信じていいのかという言葉に対する
トッパーさんの回答であったり、
ガルオウガさんに対するマドカの返答であったり
共闘するという流れに対する疑問なりなんなりを
指摘する会話がなされていて、
大人向けだったら、もっと共闘するにしても
ギスギスしたりするのが、自然なのかもしれませんが
子ども向けのプリキュアとしては、
良いバランスの描写だったのではないでしょうか。

で、共闘によって、
ネットの感想でも盛り上がっているノットレイダーに対して、
今回、だいぶ、株を下げてしまったみたいなのが
星座のプリンセスたちですね。

まぁ、色々と重要なことを隠したまま
プリキュアたちを動かしており、
そもそもの発端も、プリンセスたちの内輪揉めだったりして、
全てプリンセスたちの手のひらだった、
みたいなところで、まぁ、非常に
色々言われているみたいですけれども。

ま、個人的にはね、
そんなに気にならなかったですけども
プリキュアの上の立場のヤツが、
きちんと説明をしないのは
今に始まったことではありませんし(笑)
スイプリがよく言われますけども、
あれもだって、メフィストが、本当は
王様で夫なんですーって言われたら、
プリキュア側も戦いにくいしね(笑)
むしろ、平和に仇なす者になった以上、
王だろうと、家族だろうと、倒すという
アフロディテの覚悟の方を感じますけども。

だから、今回のプリンセスの秘密主義も、
もちろんダーティな部分はありますけども、
彼女たちの事情もわかりますし、
隠さなければ、もっとうまくいった部分があったかと言われれば
特に、やることは変わらなかった気もしますしね。

まぁ、ずっとお仕えしていたのに
何も教えてもらえていなかったプルンスはかわいそうですけど。
イマジネーションの起源が自分たちである、
ということを知らせることによって
各自の自由なイマジネーションを阻害したり、
ないし悪影響を与えてしまうことを懸念したのかなという
解釈は可能だと思いますけどね(僕はそう解釈しています)。

むしろ個人的に、
世界を作った後、イマジネーションをみなに与えようという、
その行動に、なんかちょっと感動してしまって、
つまりそれは、自由意志を人々に与えようということであって
すごいことだと思うんですよ。
聖書の神様は、人間に知恵を与えなかった
(知恵の実を食べることを禁じた)
わけですけども、それとは、ちょっと違ったわけです。

実際、想像力というものがあるということは
神々に仇なす想像をする可能性があるわけで、
プリンセスたちがしたことは、
人間や様々な生物が、神を殺せるようにした
ということに他ならないわけですよ。
そりゃ、反対するプリンセスもいますよね(笑)
ただ、そういう覚悟で、世界に想像力を与えたプリンセスたちを
簡単に手のひらを返して批判するのはどうなのかなと
僕は一視聴者として思うわけですね。

あと、僕がプリンセスに
あまり悪い印象を持たなかったのは、
イマジネーションの力がプリンセス由来だということに
たいしてショックを受けなかったからですね。

プリンセス由来である=プリンセスに操られている、
ということではないので、
特にショックを受ける程の事でもないと思うんですよ。
例えば、機械の人工知能というものは
人間が生み出したものですけども、すでに実験で、
人間には解読できない独自の言語を
生み出しちゃったりしてるらしいじゃないですか。
ある者を誰かに与えられたとしても、
与えられた者が、与えた者の想定の
範囲内だけでしか、動けないわけではないわけですよ。
与えた者の手を離れた瞬間に、与えた者とは別の、
新しい面を獲得していくというのが自然なことだと思うので、
イマジネーションがプリンセス由来だとしても、
まぁ、だから?っていう、
そういう話を隠していたことに対するショック以外の
衝撃はないわけですね。

もちろん、宇宙の全ての場所で12星座が認識されるように、
イマジネーションの根底に、残り続けている影響はあるわけですが、
そんなものは、プリンセスに限らず、
物心つく前の家族の教育であるとか、周りの文化であるとか、
育った環境による、自分ではどうしようもない
他者によって形作られた人格の根っこというものは
誰にでも、あるわけですからね
(あるいは、プリンセス由来であることが
象徴するものは、現実のそういった要素のこと
なのかもしれません)。

だから、個人的には
プリンセスにさほど悪感情は抱かず、
むしろ、12星座が全ての星で通じることであるとか、
プリンセスが自分たちで動かなかった理由が
力を失ってしまっているからだったとか、
プリキュアが、
前に(pre)戻して浄化する(cure)だったとか
色々とうまくこじつけてくれたのが
ちょっと嬉しかったですね(笑)

クライマックスの一話で、
色々ぐわーって説明するのが
村山さんがメインの時は、多いように思いますが、
今回はかなり、筋が通っていたんじゃないでしょうか。
過去のシーンのフラッシュバックなんかも、
ちゃんと効果的になっていたように思いますね。
最近のシリーズでは、
フラッシュバックで過去のシーンを回想して盛り上げる演出の時に、
そもそも過去にした描写の分量が足りな過ぎて、
今一つに盛り上がりに欠ける、という印象を抱くことも多かったのですが、
スタプリはちゃんと積み重なってるなぁって、思いました。

フワとの思い出のフラッシュバックとかもね。
いや、フワのシーンは流石にウルっときましたね。
ちょっと、スイプリのハミーを思い出したりして、
まぁ、ハミーの場合は、敵を救うためにっていう、
100%の善意によって自己犠牲を行うところがすごいわけで、
フワの自己犠牲とはまた違うわけではあるんですけども……。

そんなわけで、結構なところで
次回へ続くと。
予告を観ると、案の定、
蛇つかい座さん、生きてまぁす!(笑)
プリキュアは今回で力を出し尽くしてますから、
普通には変身できないと思うんですが、つまり、
これは、アレが来るかもしれませんね。
『アタシたちはプリキュアに変身できないけど
……心はスタートゥインクルプリキュア!
ってやってくれるかもしれません(笑)
まぁ、本当に、楽しみでございます。
ではでは!

P.S.カッパードさんが宇宙でもヘルメットなしで平気なのは
  水の中に潜っていても酸欠にならないことと
  やはり関係があるのでしょうか?
スポンサーサイト



全面戦争トゥインクルプリキュア#46

How dare you!(よくもそんなことを!)
どうも!温暖化より海洋汚染が気になる僕です!

冒頭の言葉は別に、スタプリに向けたものではないです。
あの、次作のプリキュア
『ヒーリングッど プリキュア』(以下ヒープリ)が
前情報を見ると、環境問題をテーマにしてそうな
雰囲気があるので、決め台詞に使わないかと思って。
How dare you!(よくもそんなことを!)

実際の決め台詞は、もはやキメ台詞だと
ネットでは話題ですが(ふぁ~wwww)
環境問題というものは、例えば僕がここで
訴えたとしても、電気であれ何であれ、
環境を犠牲にして得たものを使うことによって、
それが成立しているという、欺瞞が
少なからず発生してしまうわけで、
なかなか語るのが難しい題材だと思うんです。

HUGプリもスタプリも(特にHUGプリは)
社会的な思想、メッセージ性を、結構、前に出した
作風が続いていると思うのですが、
ヒープリはどの程度、そうした思想性を
重視した作風になるのか、気になるところではあります。

思想性、メッセージ性の度合いについては
エンタメ性との兼ね合いで、人によって
意見の分かれるところだと思うのですが、
たまに、そういう要素の少ないシリーズ作として
魔法プリをあげる方を見かけます。
でも、個人的には、魔法プリは決して、
思想性の乏しい作品ではないと思います
(その思想をうまく描けていたかは別の問題ですが)。

魔法プリのミライたちの関係性は
同性婚の家族を想起させるのに
十分な描かれ方をしていると思いますし、
必殺技として『虹の彼方に』という
LGBTのアイコン的存在であるジュディー・ガーランドが
『オズの魔法使』の劇中で歌唱し
LGBTの象徴であるレインボ-フラッグの
着想の元となった(諸説あり)楽曲のタイトルを
借用したのは、意図的なものでしょう
(もし何の意図もなくそうしたと考えるなら
それは製作者が浅学で浅慮だと言っているようなもので
それは、製作者をバカにしていると思う)。

余談ですが(余談ばかりのブログですが)
少女の成長物語であるプリキュアにおいて、
ミライが最終回まで、少女時代の思い出に囚われ
大人になりきれていないことを批判する意見を目にしますが、
ミライとリコを同性婚のパートナーと捉えるならば、
ミライにとってリコとは、少女時代の思い出などではなく
生涯の連れ合いなのであって、リコに捉われ続けることが
ミライが成長していないことを示すことには
必ずしもなりえないと僕は思います。

話は戻って、
スタプリも魔法プリもシリーズ構成は村山さんですが
魔法プリで『多様性』というものはすでに描いたから
最初にスタプリの話を聞いた時は、
同じテーマを描いても仕方がないんじゃないかと思った
というようなことをインタビューで答えているように
魔法プリも『多様性』についての思想性をちゃんと持っていたわけです。
一番わかりやすいところでは、マホウ界とナシマホウ界という
二つの世界の差異の描写がそれでしょう。

同じインタビューで、村山さんは
そもそも『多様性』というテーマは
プリキュアが初代から持っていたものだ、
という趣旨の発言をしていました。
実際、僕も個人的に、初代の主題は、
自分とは別の世界との出会いと
それによる変化だと思っています。
つまり、ナギサもホノカも元々、それぞれに
自分の所属する世界を持っており、
それぞれの異なった考え、価値観がぶつかって
そこにまた新しい世界が生まれていくという、
やはり『多様性』に類する思想がそこにはあるわけです。

初代は、そうした思想性を
一番前面に押し出したような作品ではありませんが、
そうした思想が、少なくとも内包はされていたわけです。
だから、プリキュアが思想的になること、それ自体を
否定することは、僕はナンセンスだと思うわけですが、
同時に、それを前面に押し出して
メッセージ性を重視することに対する不信感は理解できます。

僕はHUGプリに対して、
なんでこれまでのプリキュアが内包し続けてきて
自然に描いてきた思想を、わざわざ今さら
前面に押し出して、あからさまに見せつけようとするのだろう、
という感想を抱いたことがあります。
個人的に、根底にしっかりとした思想があって、
それを読み取ることができる作品は非常に好きです。
しかし、その思想を表に出して、あまりにも大っぴらに
振りかざされることに、鼻白んでしまうというのも、
一方では理解できる感情であるわけです。

ヒープリがどういうバランスの作品になるかはわかりませんが、
シリーズ構成は香村純子さん。
シリーズ構成を担当した特撮作品は、
ちゃんと観てないんですが、プリキュアの単発回においては
安定した脚本を書いていらっしゃった印象があります。
ディレクターの池田洋子さんは、
スイプリ劇場版の監督だったんですね。
世評はあまり高くないですが、僕は好きですよ。
手を拘束された状態でベルティエ(クロスロッド)を
出そうとするくだりとかすごく良い(笑)

村山さんのインタビューによれば
スタプリは対象年齢を若干上めに想定して
作っているそうなので、その揺り戻しで、
対象年齢若干低め、ということになると
(どうしてもストーリーの筋の制約も出てくるので)
大人の自分が心底ハマるのは難しくなるかも、
なんて不安もありはするのですが、
基本的には、素晴らしい作品になることを願って、
期待しています。

というわけで、ここからスタプリ46話の感想です
ここまでの文章を書いたら、だいぶ疲れちゃったので(笑)
47話の感想は、箇条書き的に書きます。

・プルンスって、種族的にスタープリンセスに使える
存在だったんですね。プルンスの仲間は
今どこにいるんでしょう。
現状サポートに来ていないということは、
結構遠くに飛ばされたのか?
まぁ、冷静に行き先を選択できるほど、
余裕はなかったでしょうし、あるいは、
彼等は彼等で、世界のために何か
別の場所でちゃんと行動をしているのかもしれません。

・作画と言うかデザインと言うのか
わかりませんが、鎧を着た幹部たちの顔が
良かったですよね。明らかに異常なのがわかって、
彼らが鎧によって、良くない状態になっていることが
絵としてわかります。
作画で言うと、ガルオウガさんの拳ビーム
(と他の幹部のビーム)の
使い回しはちょっと笑いました。

・AIさんの上のマドカとユニが
背後にワープしてきたガルオウガさんに襲われるシーン、
最初観た時、二人がガルオウガさんの
攻撃をかわしたように見えて、避けたら下のAIさんに
当たるんだから避けちゃ駄目でしょ、と思ったんですが
二回目、よく観たら、全然避けてなくて
始めからガルオウガさんは足場のAIさんを
狙って拳を振り下ろしていたんですね。
やっぱり観直すのって大事だわ(笑)

・ユニが宇宙を駆けるシーン、好き。

・実のところ、今回一番グッと来たのは
トッパーさんの登場シーンだったりする。
一度は間に合わなくて、守れなかったスターパレスに
今回は間に合った、今回はスターパレスを
守ることができる、絶対に守ってみせる、
そういう、ある種の喜びと、決死の覚悟があるだろうと
思えてしまって、熱いものを感じました。

・ユニが猫の手の形(指を折り曲げた形)で
ガルオウガさんのパンチを受け止めるシーン、
指が痛そうだなって思った(小並)

・そして、その後のガルオウガさんのアッパーカットは
北斗のラオウみたいだと思った(小並)

・砲撃でノットレイダーのUFOが消し炭になる場面とかは
プリキュアの中でいうと、結構、凄惨な描写で、
大きな争いって言うのは、もう善とか悪とかの問題じゃなく、
単純に、悲惨なものなんだよなと思いました。

・ヒカルの演説は、それを聞いて
そう簡単に争いが止まるかよとか、
とにもかくにも、ノットレイダーが攻撃してきてんだから
守るためには戦わねばならんやろとか
現実はそんなきれいごとでは解決できない
問題や争いだらけだとか、色々言うことはできるんでしょうが、
その内容としては、スタプリが今まで描いてきたものの
まとめと言うか、決算と言うか。
僕は良かったと思います。
あの演説をする時、体の向き的に、ノットレイダーを
守るような形になっているのもまた、この作品の、ないし
ヒカルの思想の立ち位置を表しているなと。
その賛否は人によると思いますが、
ヒカルがそのように行動したからこそ、もしかしたら
ノットレイも一度攻撃の手を止めたのかもしれません。

・そう言えば、最近、SF小説の戦闘妖精雪風シリーズを
読んでいて、それは異星人ならぬ
異星体と呼ばれる敵に地球が攻撃される話なんですが、
その中で、このような危機をもってしても
地球の人々は、国を超えて、真の意味で団結することはなく
『地球人』になることはできなかった、というような
表現が出てくるんですね。
同じように、確かにヒカルの言うように
この宇宙に生きている人は皆、同じ宇宙に暮らす
『宇宙人』ではあるのだけど、色々な差異を超えて
互いに分かり合い、本当の意味で皆が『宇宙人』になるのは
悲しいけれど、とても難しいことだろうなと。

・ダークネストの正体は、
蛇使い座のプリンセスでした!
ガルオウガさんの星をぶっ壊した元凶も
彼女なのでした。
うわー意外だなー(棒)
「宇宙を消すなど、大それたことを」とか、
ガルオウガさんが、言葉使いとか態度とか
割と一瞬で切り替えてて、ちょっと笑った。
今回だけだと、彼女がイマジネーションを
否定する理由等、細かいところまではわかりませんでした。
次回以降、深掘りされるのを待ちましょう。

・アイワーンさん、再登場。
ちゃんと謝れて良かったですね。
何だかんだ、惑星レインボーに対する
贖罪描写は軽くても何かしら入れるだろうし、
気が早いですが、エピローグで彼女が
何をしているかとか楽しみですね。
倒れた幹部たちを助けて避難するシーンは
本心ではノットレイダーの幹部たちを慕っている
という感じがよく出ていてよかった。

・みんなを守る!必殺技ぶっ放し
ノットレイの中の、生身の宇宙人たちが出るところは
なかなか重要な含みのあるシーンに思えました(小並)

・最後のプルンスの叫び、
そしてヒカルの決意も、グッときましたね。

こうやって箇条書きにすると、
すごく見どころの多い回だったと思います。
次回はノットレイダー達も含めての胸熱共闘展開。
みんな、仲良くやれるのか。
そしてフワは助けられるのかっ!?
楽しみに待ちましょう。ではでは!

クリスマス&ヒカルの華麗なる覚醒トゥインクルプリキュア#44&45

おひさし鰤秋刀魚!
どうも!あけまして僕です!

年末は忙しい(という言い訳を盾に)ちょっと
感想記事に間が空いてしまいました。
まぁ、その、自分の意見をわざわざ外に出すことの
意味、意義について、少し考えたりもして
以前ほど感想を書くモチベが大きくはないというか、
作品の出来がどうとかは関係なく、
自分の考えを世間の波に揉ませずに、自分の中で
熟成させたいタームに、ちょっと入っている感じも
するのですが、自分だけでやるとサボってしまうので
(人に見せる体のブログですらサボり気味なので)
今年も、できる限り書き続けていく所存でございます。

実は元々、忘備録として、
このブログを始めたところもありまして、
年々、人に読ませる文章としての
クオリティを無視する方向に堕していっている
自覚はあるわけですけれども
だからこそ、よろしくお願いしますとは言わないまま
新年のあいさつとさせていただきたく思いますとかなんとか。

で、まずは時を戻そう
クリスマス回からの感想ですね。
来年のことを言うと鬼が笑うと言いますが
去年のことを話すとどうするんでしょうか。
ウサギとワルツでも踊るんでしょうか。

クリスマス回、非常に良かったんですが、
特に最初に触れたいのは、
カルノリ星人サンタ―星人の
デザインの素晴らしさですね。
トナカイの方が主体というひねりも
おもしろいわけですが、
宇宙船の操縦の仕方がサーフィンなわけです。
これはオーストラリアのサンタが
(南半球はクリスマスは夏なので)
海でサーフィンに乗ってやってくる、
ということから引っ張ってきたイメージでしょう。
日本在住者の目から観た時に、
冬のサンタとサーフィンという真逆の取り合わせが
おもしろいというだけでなく、
クリスマス=冬という地域的な常識に捉われず
より広い視点を取り入れたサンタ―星人のデザインは
スタプリのテーマである『多様性』にしっかりと
沿ったもので、意味のあるデザインになっているところが
非常に好感を持てます。

サンタ―星人は、人にプレゼントをあげて
ビックリさせるのが大好きで、
かつてはユニが盗んだものを、貧しい人に配る
手伝いをしていた、とのこと。
確かに自分が盗まれたものが
他の人に配られているのを見たらビックリしますね(笑)
ユニの泥棒問題については
すでに何度か自分の考えを書いているので
今年はもう触れません(笑)

で、トラブルでプレゼントを例年通りに
配れないサンタに代わって、プリキュアが
配るのを手伝ういつものパターン。
前回記事で、ついにサンタが宇宙人になったと
書きましたが正確にはサンタはロボットでした
それはひょっとしてギャグで言ってるのか!?

で、配るシークエンスの、ベランダにいる子どもに
ユニがプレゼントをあげる問題(笑)のシーン。
ネットの感想で、なんでベランダにいるか
理解していない人も見かけたのですが
普通にサンタを見てやろうと思って待っていたのでしょう。
僕は自然とそう理解しましたが
証拠を出せと言われると困ります。
描写というものは難しいものです。
が、この部分についてのネットで見る感想のたいていは
『この子の性癖歪みそう』だったので、ちょっと笑いました。
僕と一緒に観てた知り合いも同じ感想を述べていました
純粋さをなくした悲しい視聴さんたち……

プレゼントを配る楽しさに、ヒカルは
「来年もみんなで配ろう」と提案するわけですが、
そこでエレナさんが留学の話を切り出します。
一方で、中学三年の冬休みで進路希望がまだ未定の
マドカさんには一抹の不安を覚えるわけですが(笑)
それぞれに目指したい道があり、みんなが
一緒にいられる時間は無限ではないということを
ヒカルたちは受け入れなければならないのでした。
ま、マドカさんは受験のために必要な
学力はすでに備えているでしょうから
ギリギリまで悩んでもあまり支障はないでしょう。
広い選択肢から、余裕を持って選べるのも
マドカパパの教育の賜物ですね(笑)
彼の教育方針は極端だったけれど、
マドカが彼の教育から得たものがあるのは
事実なわけです。

離れ離れになる将来に、寂しさを覚える
ヒカルたちでしたが、フワが
「フワープがあるから大丈夫。
フワがいれば、みんないつでも会えるフワ」
的なフラグ台詞をおっしゃいます。
フワ……もしかしてお前……死ぬのか……?
まぁ、宇宙を救うために
フワが消滅しなければならない的な展開は
多分あると思います。

と、そんな青春センチメンタル劇場を
やっていると、突然!
ダークネストさんが現れ、襲いかかってきます!
この回の戦闘描写は良かったですね。
「一騎駆けこそ、戦の華ではないかね」と
言わんばかりに先陣を切り、
何故か誰も援護しないまま
案の定返り討ちに合うソレイユさんのシーンには
流石にツッコミを入れたくなりましたが(笑)
スターの足場生成能力(←これスキ)を
ふんだんに使っていたのが、個人的には嬉しかったし、
AIさんまで助太刀に来たのは燃えました。

そして、なんだかんだ、苦戦の末、
ダークネストさんを退けたように見えましたが……
なんとそれはダークネストさん本体ではなく、
ダークネストスーツを着た普通のノットレイでした。
ただのノットレイがあれだけ強くなるというのは
かなりの脅威です。
ダークネストの『本体』と書きましたが、
顔のデジタル表示なんかを見ていると、
ダークネストに必ずしも実体があるかはわかりませんね。
データのみ、ないし、概念のみの存在、
ということもありえます。

とにもかくにも、ダークネストさんは
ダークネストスーツを使って、
何か計画を立てているようです。
次の回の情報も加えれば、ノットレイダー全員に
ダークネストスーツを着用させて
完璧な支配下において操る、というところでしょう。
それはつまり、ノットレイダー全員の個性の無視であり、
スタプリの『多様性』と真っ向から対立するやり方だと言えます。
現在のノットレイスーツも、すでにその要素を持っていて、
そういう部分での、テーマとデザイン・設定の
合わせ方も、良いなと思うわけですが、
このダークネストさんの極端な計画に対し、
カッパードさんは思うところがあるようです。

そもそも、ノットレイダーとは
社会から捨てられた者が集まってできた
組織であるわけです。
捨てられた者達が、自分を捨てた社会に復讐する
というのが、ノットレイダーという集団の
おそらく本懐であろうと思うのですが、
ダークネストさんがこの回で行ったのは
メンバーを実験台として『使い捨てる』ことでした。
つまり、自分達を捨てた社会に
反抗するはずの組織の中で、結局のところ
大きな力を持った者が、下々の者を切り捨てるという、
憎むべき社会と同じ構造が、機能しようとしている。
結局のところ、このノットレイダーで
自分はまた、奪われる者に
なろうとしているのではないか、
という不安をカッパードさんは感じているのだと
僕は解釈しています。
一方で、全てをダークネストさんに捧げている
ガルオウガさんは、カッパードさんのような
抵抗感を示す反応をしていないわけです。


さて、続いて第45話の感想です。
今回、感想の間が空いたので、両話とも
録画を観直してから、感想を書いているのですが、
45話は初見時よりも、二回目観た後の方が
ずっとよく話を理解できて、
すごく良い回だったなと思いました。
感想を書く上で、やっぱ二回くらいは
観るべきだなと思いました。
最近は一回だけ、しかも一週間前の記憶で書くことが
多かったので、新年早々反省の至りでございます。ヨヨヨ……。

目を引く要素が多かったので、
初見時は、主人公なんだし、二話使って
じっくり描いてもいいのにと思ったんですが
観直したら、この一話で、ちゃんと
よくまとまっていて、これで良いなと
考えを改めました。

どこかで、ヒカルは元々、
強い自己を持って、周りの目を気にしない、
一個の無敵の存在だけれども、
話を通して、世界を知り、仲間ができることで、
周りと繋がりを持った、無敵ではない
人間になっていく。
無敵から弱くなる(実のところ、
それは成長し大人になるということでもある)
主人公なんだと、いうようなことを
メインライターの村山さんが答えているのを
読みました。

まさに、その成長が描かれた回だったなと思います。
社会性を身に着け始め、周りとの比較や、
兼ね合いをするようになって、その中で
自分が変わっていくことに対する戸惑いが
ヒカルにはあるのだと思います。
でも、どんなに環境が変わっても、変わらずに
輝き続けるものが、この世界にはある。
どんなに状況が変わっても、
自分の中の考えが揺らいでも
ヒカルはヒカルとして、
輝けるものを持っているはずで、
だから、恐れずに、進めばいい。
と、ヒカルは気付く、
そんな話だったと僕は捉えています。

迷うヒカルに語り掛ける遼爺の話が
よくできていると思いました。
夏の大三角形の話ですが、
ああ……三角ってそういう関係の……(笑)
彦星と織姫星と、それからもう一つって言うのも
結ばれたヒカルの爺婆と、もう一人の遼爺に
しっかりと対応していて、よくできてるなと。
普通に考えると、遼爺もヒカル婆が好きだった、
という感じがしますが、遼爺がゲイで
ヒカル爺に思いを寄せていた、と考えることも可能で(笑)
多様性を考えるスタプリなら、
そのくらいの解釈はしてもいいかなとも思います。
ところで遼爺ってハーフなんですかね。
今の姿だとあまり感じませんが、
過去の姿とかは、かなりハーフっぽいですよね。

同じ星であっても、季節や文化によって
全然別の星座の繋がりの中にいて、
見方を変えれば、そこには全然違う意味合いがあって、
同じ星座であっても、ヒカルが見る夏の大三角形と、
そこに当てはめる認識は、遼爺が見る夏の大三角形と
そこに当てはめる認識とは、まるで違っている。
星、星座というものが『多様性』についての
メタファーとして、本当にきれいに機能していて、
今回の遼爺の三角関係を思わせる回想も、
無意味に出てきたわけではなく、
物事には色々な見え方の面があるということを示す
テーマに即した、必要な描写であって、やっぱり
今回の話は、うまくまとまってるなと、
思うわけです。

で、今回の戦闘はカッパードさん
だったわけですが、作画が良かったですね。
ただ、カッパードさんの水の塊攻撃は、
劇場版にもこういう攻撃の奴いた気がするんですが(笑)
もう少し、破壊力の演出が派手でもいいのかなって
感じはしました。

あと、これは明確に
個人的な好みの上での文句なのですが
トゥインクルイマジネーションに
覚醒したヒカルがカッパードさんを
圧倒するじゃないですか。
ああいうの、苦手なんですよね。
単純に相手を倒すだけなら、それでもいいんですが、
そこに、主張のぶつかり合いがあって、
ある種の説得要素があった場合に、
両者の力量に差がありすぎると、
対等な議論に見えなくなっちゃうんですよね。
極端な言い方をすれば、脅迫ですよ。
圧倒的に強い者から、弱い相手に囁かれる言葉なんて。
だから、ヒカルが覚醒して強くなるのは
いいんですが、あんなに圧倒的な描写には
してほしくなかったなと……。

さて、そんなところで、
スタプリももはやクライマックス。
次回作の予告も発表されましたが、
それについては次回の感想記事で!
アイワーンさんの再登場はどうなるかなど
色々気になりつつ、次回を待ちましょう!
ではでは!
プロフィール

洗濯

Author:洗濯
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR