FC2ブログ

追加戦士トゥインクルプリキュア#20

怪盗、アイドル、宇宙人、故郷滅亡、獣人……
大盛設定追加戦士入りました!

どうも!今年ももう追加戦士の時期かと思うと感慨深いものがありますね何も成長していない僕です!

公式バレが云々と色々騒がれていましたが、
自分はあまり、アニメ以外の情報を入れないように
している方で、この騒動をしっかり体験することが
できなかったわけですけれども
(こういうのは、むしろちゃんと体験しておくべき
ことだったかもなぁとも思うわけで、
情報に対して閉じすぎるのも良くないなぁと
日頃から思っているのですが)
とにもかくにも、ついに、今年の追加戦士
キュアコスモが登場しました。

基本の色は青なんですけども、
惑星レインボー出身であるだけに、
スカートの色などは、虹を思わせる
大変カラフルなデザインになっていますね。
虹色、というのは、最近のプリキュアの
ちょっとしたトレンドでして、
アラモードのキュアパルフェが登場した時は
LGBTのレインボーフラッグとの関連を指摘する
言説もありました。

その前の魔法プリにおける、
『虹の彼方に』という必殺技も、
同名の歌が、LGBT界隈で非常にシンボリックな
ものであることを踏まえて、
やはり、ある種の含みがあると、
僕は思っています。

で、今回、虹色のキュアコスモなんですが
レインボー星人が、自由に姿を変えられる、
という時点でですね、性別というものが
非常に曖昧なわけなんですよ。
好きな姿になれるわけですから。
その点で、かなり含みを感じるわけですが
そう考えると、キュアコスモの変身前のユニという名前は
「ユニセックス」からきているかもしれないとか、
そんなことも思ったりして、
こういう深読みを話すと、
気持ち悪いなって思われるかもしれないんですけど(笑)

でも、何にでも変身できるユニが
自分の種族や、その来歴、
自分のアイデンティティというものに
メンバーの中で、一番強い思いを持ってい
というのは、注目すべき部分だという気がします。
アイデンティティと、自己の選択、
そしてそれに対する差別とか、
そういう部分について、ユニというキャラを通して
描かれていけば、興味深いなと思います。

子どもアニメで、思想的なことを描くことについて
HUGプリなんかでは、色々と議論されていたと思うんですが、
何度か書いていますが、個人的には
思想的なことを描かれることに、抵抗はなくて、
むしろ、どういう思想を、どのように描くか、という部分に、
惹かれて子ども向けアニメを観ているところもあるのです。
HUGプリについては、思想的であることよりも
その思想を「どのように描くか」の部分に、
もっとブラッシュアップできる部分があったのではないか
というのが、個人的な認識です。

で、突然ですがここで映画の話をします。
映画の情報が出たのに、全然触れてなかったと思って(笑)

今年の映画について、
ぶっちゃけ僕は、不安です。

その、スタッフがプリプリと同じ
W田中さんということで、
結構、盛り上がっている方もお見受けします。
実際、タナカリオンが監督を務めるということで、
エンターテイメントとしての、物語の質は
保証されていると考えていいんじゃないかと思います。

じゃ、何が不安かというと、単純に
僕の好きな作品にはならないんじゃないかっていう不安が(笑)

僕は、タナカリオンは、エンターテイメントとしての
物語の作りについては、非常に優秀な方だと思っています。
ただ、思想性についての深みや語り口については、
あまり、僕の好みではないと、感じています。
前述の通り、僕にとって、思想性は
子ども向けアニメにおける、注目ポイントの一つであって
場合によっては、物語の完成度より、思想性の方が
重要だと思うことさえあるのです

例えば、ハピプリと言えば、
物語的な出来で言えば、あまり褒められたものではない
というのが、一般的な評価であると思いますが、
イオナが、何でも願いがかなえられる状況で、
敵を消し去ることではなく、もう一度戦う力を選んだ展開、
あの部分について、
物語的な意味で言えば、描写不足で
強引さと不自然さを感じさせるものであるのは事実だと思いますが、
思想的な意味においては、安易な問題解決を否定し、
自分の力で問題を解決する道を選ぶという、
それまでのプリキュアシリーズが描いてきた思想から見ても、
間違っていない、正しいと言える展開だったと思います。
だから、あのシーンは、物語的な語り口の不備があったとしても、
僕にとっては、非常に印象的なシーンになっています。

逆に、スタプリの映画と同じW田中さんの作品である
魔法プリの映画についてですが、
これはエンターテイメントとして非常によくできていて、
世評も高い作品だと思います。
ですが、思想面においては、
魔法プリの基本思想が、恐ろしいのは力自体ではなく
その力の使い方である、というものだと僕は認識しているのですが
(そして映画の主題歌でも、そんなことが歌われているのですが)
使い方以前に、まず巨大な力を持っているせいで、
クマタが嫌われるという、魔法プリの基本思想と
ズレた思想が描かれているように感じられ、
さらに、クマタの魔法力そのものが最終的な敵になる等、
悪の責任を、魔法の使い方ではなく、魔法力そのものに
転嫁しているような構造に思え、非常に違和感を覚えました。

このように、思想的な構造や語り口の点で、
どうも僕はW田中さんの作品に相性の悪さを感じてしまうのです。
そして、また、今回公式が「キュア泣き」なる言葉を
使っているのも、非常に不安にさせられます。

「キュア泣き」と聞いて思い出してしまうのは
子どもの頃、ドラえもんを観ていた、
「大人」をターゲットにした映画
「スタンドバイミー ドラえもん」の宣伝文句
「ドラ泣き」です。

つまり、何か、この「キュア泣き」というフレーズには
非常に、大人に対しての、アピールを感じるわけで
プリキュアというコンテンツの視野が、
相当に、大人を含めるようになってきたなと。

それは、「仮面ライダー」や「スーパー戦隊」
シリーズを抱える東映としては、
女の子向けでも、同じような、
広い世代をターゲットにしたコンテンツを
持てるチャンスであって、
商売的には、当然の流れであって、
批判するのも、おかしな話ではあると思うのですが、
何度も書いてきているように、僕個人としては、
子ども向けのものは、純粋に子ども向けであってほしいのです。

プリキュアというコンテンツに対しては、
実のところ、その部分のズレというか
個人的な思いと、制作側の意図の乖離も
年々、強くなるのを感じているわけで、
そういう意味でも、今回の映画に対する
僕の好みに合う映画にはならないんじゃないかという、
不安は、つのっているわけです。
いや、本当に、どうなりますでしょうか……。

と、ここで20話の感想に戻ります。
フワとスターカラ―ペンを奪われたヒカルたちが、
ブルーキャットを追いかけるわけですが、
誘拐された本人のフワは、全く怯えていません。
流石、自分を守ってくれる有益な存在かどうかを
見極めることには長けています
ね(笑)

マタークッキーなる、刺激的らしいお菓子が登場して、
何かの伏線かと思いきや、今回は特に回収ナシ、
次回への伏線なのか、ただの小ネタかは不明ですね。

相も変わらず有能なプルンスの気球モードによって
ブルーキャットを見つけたヒカルたちは、
プリキュアに変身して、ブルーキャットを捕まえようとします。
ここの、変身前の、描写は、過去の回の、
ドラムスの屋敷で変身しなかった描写を
想起させる感じがあって、すごく良かったですね。

エレナが「ヒカル」と呼び掛けて
ルンちゃんが「変身するル」という。
過去の回で、ヒカルがプリキュアに
変身するかどうかということに
ある種の線引きをもっていることを
知っているからこそ、二人はこの声掛けを
したのだと思います。
その上で、ヒカルは少し逡巡したのち、
フワがさらわれているという状況を鑑みて、
「うん」と変身を決意する。
キャラに一貫性を感じられる描写で、印象的でした。

で、ブルーキャットとプリキュアの戦闘ですが、
生身なのに、ブルーキャットが強い!
プリキュア側は生身相手に遠慮しますが、
ブルーキャット側は、プリキュアに変身してくれたおかげで
むしろ、ヒカルたちが怪我をする心配が減ったので
容赦なく攻められるわけです(笑)
むしろ、生身のまま立ち向かった方が、
ブルーキャットは苦労したかもしれません。
いや、それだと、身体能力が違い過ぎて、
簡単に逃げられちゃうかもしれませんが。

その後、ブルーキャットがヒカルの姿に化け、
一瞬戸惑った、ルンちゃんとマドカのスキをついて
さらに逃走するわけですが、
この部分の変身は、次の、
ブルーキャット=ヒカル
という話をする場面の演出のため
という要素が、ちょっと、あからさまに思えましたね。

その後、ユニがレインボー星の来歴を説明してくれます。
好きな姿に変身できるレインボー星人の種族は
迫害を受け宇宙をさまよっていた……。
実際、姿を自由に変えられるって、
リアルに考えるとかなり危険な能力ですからね。
単純に、隣にいる人間が本物かどうか
わからなくなるということで、
誰が誰であり、誰が何をやったか、という判断が
怖ろしく困難になるわけで、
社会的な混乱を引き起こすことは
想像に難くありません。

よりメタ的な視点で観れば、
他の者と同じような定まった姿を
持たないことによって迫害される彼らは、
色々な含みを持ったメタファーとして
読み解けるかもしれません。

で、そんなユニの話を聞いているところに
ノットレイダーが登場。
今回は、
カッコいいポーズ兼解説役のカッパードさん(笑)と
怒りに狂うアイワーンさんがいます。

アイワーンがダークペンの力で
自分をノットリガーにしますが、
前にも、カッパード達と一緒に
ノットリガーになったことがあるので、
カッパードさんが「そこまでの覚悟とは」
とか解説してくれても
いまいちピンとこない。

でも前の時は確か、武器強化前だったと思うので
強化された今のダークペンを自分に使うのは
ヤバイということなのかもしれない。
でも、これまでノットリガーにされた人って
結局、プリキュアに倒された後は
特に後遺症もなく無事だしな……。
この辺はよくわかりませんな。

でも、ダークペンバンクも、笑顔が消えていて、
アイワーンのガチ感は伝わってきますね。
バケニャーンに対する強い感情が、
やはりアイワーンを非常に印象的なキャラにしています。
ノットリガーになったことで、
ほとんど話せなくなったアイワーンさんの代わりに
話を展開させるのに効果的な台詞を
カッコいいポーズとともに発してくれる
カッパードさんの連携もとても素晴らしい(笑)

ユニがキュアコスモに変身するまでの流れは、
「いつもいつもあなたは」という台詞が、
どれほど、実感を感じられるかというのは、
ちょっと人によって意見のわかれるところかなと、思いました。
どうしても、話数的に、ユニの登場回数が
「いつもいつも」という認識に達するほどかな、という部分と
「あなた」って言いますけど、ユニとの関係性を作ってきたのは
ヒカルだけではなくて、前回のルンちゃんとか、
エレナとか、まぁ、対立方向ですけど
マドカもそうなわけで、「あなた」っていう、一人を指す言い方なのも
気にならないではないところかなと。

個人的には、確かに会うたびに、
ヒカルは何かしら印象的なことを、ブルーキャットに対してしてたし、
ベストではないけど、悪くない流れの描写だったとは
思うわけですけれども、皆さんは
どう感じられたでしょうか?

「キラヤバーだよ。何でも好きな姿に変われるなんて」
ってヒカルが言った部分は、個人的には
すごくグッときましたね。
みんなに否定されてきた部分を、
受け入れられる、という展開が、好きなんですよ(笑)
存在を、認められた瞬間というか。

そして、変身したキュアコスモですが、強い!
まぁ、変身前が強いプリキュアは、
変身後もたいてい強いですからね。
ユリさんとか、ユリさんとか、それから、ユリさんとかね。
さっきまでダメージ食らってぶっ倒れてたヒカルが
ダメージを忘れたような雰囲気で思わず
「強い!」とか言ってしまう気持ちもわかります(笑)

ちょっと、最近のプリキュア全体に言えることなので、
事情があるのかもしれないんですけど、
ダメージを食らったときの、描写が弱すぎるように思うんですよね。
もっとひどいダメージを食らえとか
ヘロヘロになってろとかそういう意味ではなくて
単純に、服が汚れたりとか、顔に土がついたりとか、
そういう汚し塗装的な描写が、あんまりなくて
きれいなままなので、ちょっと違和感を覚えちゃったりするんですよね。
なんか、苦情が来たりするんですかね。わからないですけど。

とにもかくにも、キュアコスモ、強えぇぇぇぇっ!てとこで今回は終わり。
猫が爪でひっかくような、殴りアクションも印象的ですが、
次回は戦闘シーンの作画が結構凝ってそうでスゴそう!
あと、触れ忘れてましたが、前回も今回も、
なぜかヒカルのおじいちゃんの描写があって、
今後、ヒカルのお爺いちゃんの過去話で、
何か重要な要素があるのか、それとも、ユニが
地球で暮らすようになるのに、ヒカルのお爺ちゃんが
関わることになるのか、何かあるのかもしれませんね。
そんなこんなで、今後の展開も非常に期待しております!
ではでは!
スポンサーサイト



数字じゃないトゥインクルプリキュア#19

最近、ジュエルペット(初代)観ました。
どうも!毎回この冒頭の大文字に何を書くか結構悩んでいる僕です!

全然、ジュエルペットを観たことは、
今回のスタプリの感想とは関係ないんですが、
ジュエルペットが10周年記念らしくて
今youtubeで全話無料配信してるんですよね。
現在はまだ初代だけですが、今後、
マジカルチェンジまでの7シリーズを全部
無料配信してくれるみたいです。
ついでに8シリーズ目の「ジュエルペット あたっくちゃんす!?」も
配信中です。第四話はいつになるんですかね……。

ついでに、初代の感想ですが、
全然悪いアニメじゃないんですけど、
逆に、スゲー飛びぬけてもいないって印象でした。
リアルタイムで一話一話観てたら、思い入れもできて
また違ったかもしれないんですが。
話の作りも、いい意味でも悪い意味でも、ちょっとユルめな感じで、
第一作目ってことで、探り探り作った部分もあるのかなって。
キャラクターとしては帯刀さんが好きなんですが、
リンコとの恋愛フラグを半端に立ててみたり(笑)
なのに途中からだいぶ出番が減ったりして(笑)。
恋愛をかなり大きな軸として扱っているところは、
時代を感じますね。

ジュエルペットは初代以外だと
ハッピネスとマジカルチェンジ(とあたっくちゃんす)しか
観てないので、今後の配信が楽しみです。

ということで、こっからスタプリ19話の感想です。
今回の話は、好きですね。
話の出来云々より、描かれている思想とか
そういうものが、僕の好みに非常に合っていました。

惑星レインボーに行って、ブルーキャットの秘密とかが
明かされる回だったわけですが、
惑星レインボーで石になった住民を見たララの反応が良かったですね。
惑星レインボーの人口1800人という、
もはや限界集落ならぬ限界惑星かよっていう感じなんですが(笑)
とにかく、その1800人が石になった、というデータをララは知っていた。
でも惑星レインボーに来て、実際の被害を目にするまで、
それは本当に、ただのデータでしかなくて、実体を持っていなかった。
ララが実際に被害者の姿を見た時、初めてデータの数字が
一人一人の人間になったわけです。

これって、現実に僕たちにも、普通にあることだと思うんです。
過去の悲劇について話を聞いた時、その数字の大きさで、
被害の大きさを知るわけだけれど、その数字が、
血肉を持った一人一人の人間であるという意識を、
僕たちはしばしば忘れてしまうことがある。
今回、ララは実際に、被害を目撃することによって、
データの数字という認識から、
もっと実体のある認識へ、シフトするわけだけれど、
仮に実際の被害を目撃できない場合でも、
僕たちは、データ上の数字を、実在の存在に還元する想像力を
常に持っておくべきだと思うわけです。

大林信彦監督の「この空の花」という映画があって、
これは反戦映画であると同時に、
人間の想像力に対する賛歌でもある映画で、
その中に、すごく好きな台詞があるんですが、
好きな台詞と言いつつうろ覚えなんですが(笑)
実際とはかなり違うと思いますが、意味合いというか
ニュアンスで説明すると、
「爆撃機の飛ぶ高度からは、
その下に暮らす人々の顔は見えません」
「でも、遥か空の上からでも、
下に暮らす人々の顔を見る方法があります」
「それが、想像力!」
みたいな台詞です。

爆撃機に乗っている人も、
下に人が暮らしているという情報は、
当然に知っているはずなんです。
でもおそらく、戦争が激化すればするほど、
その情報は実在性を失い、
本当にただの、血の通わない情報でしか
なくなってしまうのかもしれません。

スタプリの主題の一つはイマジネーションですが
今回ララが、石になった人々から、その生活を想像し、
データの数字を、血の通った人間に還元したことは
イマジネーションの有用な使い方の一例を示したものと言えるでしょう。
今回の話を観た子どもたちが、
仮に実際の被害を、生で目撃できない、
データ上でしか触れることができない物事であっても、
そのデータの先にある、実在の人々を、想像できるように
なってくれたら、とても素晴らしいことだと思います。
もちろん、データに対し、間違った想像をしたことによって、
大きな誤解と失敗をする可能性には注意しつつですが。


今回、もう一つ印象的だったのは、
各所でも話題になってますが、バケニャーンが偽物だと知った
アイワーンさんの反応ですね。
信じていた仲間が、実はすべて嘘の存在だったと知って、
ショックを受け、かなり怒っているのが感じられる
描写だったと思います。

今回、アイワーンの血も涙もないような
過去の残虐な行動が明かされるわけですが、
同時に、仲間に対する信頼感のような、
非常に人間的な感情を描くことで、
キャラクターにものすごく深みが出ているように思います。

その、残虐な行いをする人間は、
僕たちと全く違っていて、
僕たちのような感情を持っていないと、
そんな風に考える人をたまに
見かけるのですが、
そんなことはないと思うんですね。

信じられないような恐ろしいことをする人でも
僕たちと同じような感情の機微があって、
その感情の動き方は、少し違うかもしれませんが
僕たちとまったく別種の、異なる存在ではないんじゃ
ないかと思います
(まぁ、もしかしたら、本当に全く違う人もいるのかもしれないけど)。

ハンターハンターの幻影旅団とかもそうですね。
彼らは旅団のメンバー間の信頼関係や
仲間意識は(個人差はあるけど)ちゃんと持っていて
でも、旅団のメンバー以外に対しては
とことん冷酷で、殺すことにみじんも
罪悪感を感じていない。

そういう人間的な感情があるからといって、
怖ろしいことをやったという事実が
許されるということではないのですが、
ただ、誰にだって感情があって、
その感情について考えることは、
無駄なことではないと僕は思います。

アイワーンという、残虐さと人間味を併せ持った
キャラクターが、子どもたちが今後、
色々な人間(架空でも、現実でも)の
内面を考えるうえで、何か一つの
ヒントになればと期待します。
つまり、今回のアイワーンの描き方もまた、
作品のテーマであるイマジネーションを、
刺激し促すものであったと僕は思うし、
そのことを(偉そうですが)評価したいと思うのです。

以上、今回の感想はそんな感じですかね。
他にちょっと思ったのは、ノットリガーにする素体がないみたいに
今回言ってましたけど、過去に自分がノットリガーになったことも
あったじゃん?それじゃ駄目なの?みたいなことを思いました。
まぁ、アレはカッパードさんがメイン素体で、
自分はサブのおまけだからOKだったみたいな
そういう感じのだろうか?

次回はついに追加戦士の登場です。
楽しみに待ちましょう!ではでは!

ハムサラダくんトゥインクルプリキュア#18

あの絵柄でSFファンタジー好きとかいうリアルを感じる設定
どうも!誰だって多少なりとも妥協と忍耐をして生きていると思う僕です!

珍しくいきなり感想に入りますけども
今回、すごくいいなと思ったのは、
お母さんが、かなりはっきりと、夢を目指している
途中の人物として描かれていたことですね。

児童向けの作品に出てくる大人って、
どうしてもある程度、完成した存在として
出てくることが多いように思うんです。
もちろん、欠点があったり、悩みがあったりはして、
女性の先生なら結婚が遅れていることを
悩んでいるみたいな設定は、少し前の時代は
定番だったわけですが、
それでも、仕事という意味では、
ある程度、しっかりともう決まっていて、
その仕事の上でもっと大きなことをしたいというような
この先の目標のようなものを持っているキャラはいても、
そもそも、まだ、なりたい職業に就いていなくて
夢を目指し続けている大人キャラというのは、
珍しいんじゃないかなと思うんです。

で、実際、アニメではなく、自分の子どもの頃の
認識を考えても、お父さんとかお母さんとか、
大人っていうのは、もう完成したものとして、
受け入れていたように思うんです。
これから成長したり、変化していくような存在ではなく
物心ついた時にはそこにいて、
永遠に変わらないままそこにい続けるような……。
当然そんなわけはないのだけど、
なんか、無意識的に、そんな認識を
持ってしまっていたような気がするわけです。

でも、
自分も歳をとって大人と世間からは呼ばれる年齢になると、
全然、完成した存在なんかじゃないし、
子どもの頃とそんなに変わってないような気もして、
それは僕に問題があるのかもしれないけど(笑)
とにかく、大人になったからって、死ぬまで人生は続くわけで
仕事のことで言ったって、全然違う職種に転職したり、
他の仕事しながら夢を目指し続けたりする人なんて
いくらでもいると思うんですよね。

よく子どもにされる
将来何になりたいですかって質問が
ありますけども、あれって基本的に
一つの仕事をこたえることが想定されてる
気がするんですが、人生80年以上の現代において、
大人になってからする仕事が一つである必要はなくて、
一つのものになった後で、
また全然別のものになっても問題ないわけで、
実際、アイドルになってから女優になる人もいるし、
スポーツ選手になった後、普通のサラリーマンになる人もいるし、
お笑い芸人になった後、絵本作家になる人もいるし(笑)
大人になったって、人は変わる可能性がいっぱいあるわけで、
ヒカルのお母さんが、大人なのに、
夢を目指している途中の人であるっていうのは、
大人が職業的にも完成した人間ではないというのを
如実示しているという意味で、児童向けのアニメとしては
結構、新鮮に感じましたね。

これを観ている子どもが、
大人になったって、夢を目指していいし、
全然、夢を目指せるんだよって、
そんな風に思ってくれると、すごくいいですね。
まぁ、親は渋い顔すると思いますけど。
ヒカルのお爺ちゃんも渋い顔してたし(笑)

夢を目指すっていうのは、やっぱり難しいですからね。
必ず芽が出るともわからないし。
いわゆる下積み時代には、やりたくない仕事だって
チャンスと考えて、飛びついてみるしかないわけです。

あの、今回、編集者の人が結構、色んな感想で
叩かれているのを目にするんですけども、
でもあの編集者も、そこまで悪い人じゃないと思うんですよ。
まず、掲載のチャンスを持って来てくれる時点で、
ヒカルママのことの実力を、信じてくれているわけです。

編集者っていうのは、
担当している漫画家の成功=自分の成功であって、
担当している漫画家の失敗=自分の失敗ですし、
打ち合わせにだって、かなり時間を使うわけですから
多少なりとも、見込みがあると信じてないと、
一緒に仕事なんて、しないですよ。
他の人から頼まれたとか、事情がなければですけど。

雑誌のカラーにあわせた仕事を頼むのも、
連載を勝ち取って、人気作を書いてほしいという
考えが少なからずあってのことですし、
そのカラーに合わせたとしても、魅力的な作品を
作れるだけの実力があると信じているから、
要求するわけです。

もちろん、単純にひどい編集者もいますけどね。
僕は、そんなにたくさんの編集者の方を
知っているわけではないですけども……(笑)
まぁ、今回の編集者さんも、
最後の取っ手つけたような謝罪とかはどうかと思いますね。
なんか、あの謝罪の仕方で、視聴者に逆に
悪印象を与えている気がしないでもない(笑)

しかし、少なくとも、特定の雑誌で連載を狙う以上
その雑誌のカラーに合わせるのは当然のことで、
下手したら作家の方で研究して
積極的にやらなければいけないことでさえ
あるかもしれないわけです。
だから、普通はできるかぎり、連載を目指す雑誌には
元々、自分自身のカラーに合った雑誌を選ぶわけで、
ヒカルママがなんで、自分とカラーの合わない雑誌での
連載を目指しているか疑問視している意見も見たんですが、
まぁ、そこは人間の難しいところでして(笑)

どうしても特定の雑誌で連載したい、っていう
こだわりを持っている人は、結構いるらしいんですよね。
例えば、絶対「ジャンプで連載したい」とか。
ジャンプって、倍率がものすごく高いですから、
競争的には、他の雑誌の方が連載をとりやすい
というのはやっぱりあるみたいなんですよ。
でも、他の雑誌で連載できるチャンスを蹴ってでも
ジャンプで連載したい、という人は、いるらしくて、
子どもの頃読んでたとか、
憧れの漫画家さんが連載してるとか、
理由はいろいろでしょうけど、強い思い入れを持って
特定の雑誌での連載に拘る人っていうのは、
現実に存在して、だから、ヒカルママが
自分のカラーに合わないアサガオでの連載を目指すのも
そういう思い入れがあると考えれば、
おかしいことではないかなと。

っていうか、単純にどこでもいいから
漫画家になれないかと手を伸ばしていた中で
たまたま引っかかったのがアサガオだったとか
その程度の理由でも全然あり得る話ですけどね(笑)

実際プロになった人でも、
自分の好きではない物を描いて
初期の実績を築いた人はいると思いますし
「では、それらをすべて取り入れれば、ヒット作が生まれるのでは?」
っていうマドカの考えはめっちゃ安直で、
その安直な考えを、ハッと気づいたように言うマドカの感じとかは
その後のイキイキと原稿手伝いの指揮を執っている描写も含めて
スゲーおもしろいと思うんですけども、この安直な考えは
良くも悪くも、リアルにめっちゃ試されている方法だと思います(笑)
そんれで、なんだかんだ言って
自分が本心からおもしろいと思っていない作品が
たいていうまくいかず評価を得られないのも
まぁ、リアルにある話だなと(笑)

ヒカルママの描写は、完全にではないけれど
結構、物語系の創作でプロを目指している人からは
あるあるというか、リアルな感じに見える部分が
あるんじゃないかなと思います。
実際にはもっと、金銭的に困ってたりとか、
する人が多いと思いますけど(笑)
僕の知り合いの、何度か読切を雑誌に載せてる
まさに連載を目指している漫画家志望の人も
ヒカルママと同じように、部屋の壁に、
自分を奮い立てる言葉をいっぱい張ってますし(笑)

あの絵柄で、SFファンタジー好きっていうのも
非常にリアルな感じがするというか
まぁ、そこはみんな突っ込んでるから
あえて触れないですけど(笑)
「好きなモノが人と違ったっていいじゃない。
ヒカルが好きなモノはヒカルだけの宝物なのよ」
っていう台詞も、重みがありますよね(笑)
理解者の少ない青春を送ったんだろうなぁって……(笑)

いや、本当に、いい言葉で
「その話、いるか?」にトラウマを持っている
ヒマリとかにも是非聞かせてあげたい言葉ですね。
ヒカル友達いない説とか、少し前まで言われてましたけど、
実際、ちょっといじめられていたという。
最近、いじめられっ子のプリキュア多くない?(笑)
まぁ、ヒカルはたまたまあの時だけかもしれませんけど。
人にからかわれて嫌な気持ちになった経験って
誰しも一つくらいはありますからね。多分。

そんな感じで、ヒカルママの描写とか
目を引かれるところが多くて、今回も楽しんで観れたんですけど、
途中の編集部から帰ってきたヒカルママが
家に帰ってきてから、公園に行くまでの流れは
ちょっとご都合主義的だったようにも感じました。
いくら辛いことがあったと言っても、自分の娘と同じ年齢の子どもが
集まっている中で、大人があんなに正直に、起きたことを
話しちゃうかなっていうのが、引っかかりまして……。
娘一人に対して、話すのならまだわかるんですが……。
些細なことですけど。

その展開の後、
テンジョウさんによるノットレイ化が行われるわけですけど
これ、女性がターゲットだと結構危険な感じがしますね(笑)
ノットレイが、男性ベースのだと思うので、
一人の女性に複数の男性が群がる感じが……
稲村亜美の始球式かよって(笑)

しかし、戦闘の時、ヒカルは変身した後、
一体どこに、『宇宙(そら)ゆけ!流星少女』を
持っていたんでしょうか。
あの面積の少ない、ピッタリした服の中に
隠していたのだろうか?
もしかして、スカートのモコモコの中かっ!?
あそこには実は色々物を入れれる便利機能がっ!?

そう言えば、この記事を書いている途中で
検索して知ったんですが21エモンの
「宇宙いけ!裸足のプリンセス」って映画があるんですね。

と、今回の感想はこんなところですかね。
今は感想を、TVerで観直しながら書いてるんですが
今回のを観直してたら途中で「LIFE 夢のカタチ」って
番組の宣伝が入って「夢を目指す人を云々~」みたいな
ナレーションが流れてきて、今回の話とテーマが
やたら合ってて笑いました。
次回は、ついにブルーキャットと
惑星レインボーの情報がわかるようですね!
楽しみに待ちましょう!ではでは!

弓道&盗人トゥインクルプリキュア#16&17

弓道だけに、求道ってかいっ?
どうも!やかましいわっ僕です!

ちょーっとリアルが
忙しトゥインクルプリキュアでキラヤバーっ!
だったので前回の感想を書けませんでした。
そういうわけで今回の感想は二本立てでお送りします。

ではまず16話から!
過去にも弓道しながら求道してる人がいましたが
スタプリ16話は、マドカが弓道しながら求道する話でした。

自分のせいで、父が仕事をしにくくなったのでは
と気にしているマドカ。
宇宙人だと大騒ぎして、結果ただの映画撮影でした……
というのは、失態と言えば失態であって、
今後の調査活動が、ちょっとやりづらくなった、
というのは想像に難くないことですね。
映画撮影ということでうまくごまかせたと思いきや、
マドカ父は、まだ疑っている様子……有能ですね。
いや、むしろアレでごまかされる人の方が
ちょっとヤバイのかもしれませんけども(笑)
撮影した映画も公開されてないしね(笑)

で、そんな風に父に迷惑をかけてしまっている分
他のところでは、父の期待に応えたい
というわけで、マドカは弓道の大会の連覇に
かなり気合を入れているのでした。

しかし、今回の大会には
注目のルーキーが出場しています
「あれは那須弓香!」
「知っているのかっ!? 雷電 サクラコさんっ!」
というわけで、今回はサクラコさんが
スタプリメンバーと一緒に大会を観戦。
必要な知識を色々と解説してくれます。

おそらく弓の名手、那須与一から名付けられたキャラであろう
那須さんは、非常に弓の技術が高いのですが、
それ以上にマドカは彼女の、孤高の精神性に威圧されてしまいます。
「応援なんて集中の邪魔よ」
「あなた弱くなった。友達なんかと仲良しごっこしてるからよ」
それらの言葉はマドカに
「最後に頼れるのは自分だけだ」
という尊敬する父の教えを思い起こさせます。

友達ができて、心に甘えが生まれ、
自分は父の教えに背いて、弱くなってしまったのではないか。
と苦悩するマドカ。
まぁ、子ども向けアニメでも、
たまに扱われるテーマではあります。
パッと思いつくのでは、プリパラのしおんとかも
こういう悩みにぶつかったことがありましたね

でも、今回は、解決というか、
マドカがたどり着く答えが、少し新鮮だったように思います。
「最後に頼れるのは自分だけ」であることと
「友達と一緒にいる」ことの二項対立が、
問題として提示されるわけですが
マドカが見つける答えは、このどちらか一方の正しさではなく、
その二項が、両立するものであるという、新しい認識です。

よくよく考えれば、「最後に頼れるのが自分だけ」であることと、
孤独であることは、全然別問題なわけです。
自分以外の誰かを頼ろうとするのはある意味で
責任の放棄であり、心の甘えであるのは確かです。
自分のことは、自分でやらなければならない。
しかし、その軸さえしっかりしていれば、
友達の応援や、大事な人への思いは、
自分が頑張るための、支えになってくれるはずです。
逆に、自分のことを自分でやるという軸がなければ、
友達関係は、より甘えた、依存関係となり、
友情自体が、いずれ崩壊していくことにもなりかねません。

つまり
「最後に頼れるのは自分だけ」であることと
「友達と一緒にいる」ことは、実は対立項ではなく、
相互補佐的なものであると言えます。
「友達と一緒にいる」ことが「最後に頼れる自分」を強くしてくれて、
「最後に頼れるのは自分だけ」という意識が
「友達と一緒にいる」関係を、より成熟したものにしてくれるのです。

こういう、ある種、問題自体を覆す答えみたいなのって
すごく好きで、例えば初代の
「一人では何もできない」という敵からの指摘に対する
「一人じゃ何もできなくったって、あたしに出来る事はたくさんある」
っていう答えとか、おおっ!って思うんですよね。
問題から単純に想定される答えをただ出すだけじゃなくて、
もっと新しい、思考の形を、作り出す感じと言いますか。

それともう一つ、今回、いいなと思ったのは、
このマドカの苦悩と成長が、非常に静かに行われたことですね。
僕が自分で物語を作るときって、
どうしてもドラマチックにしようドラマチックにしようと
してしまうんですが、
今回の話は、マドカが悩んでいることを、
他のメンバーは気付かないし、答えを見つけて成長したことも、
他のメンバーは知らないわけです。
でも、他のメンバーが何もしていないわけじゃなくて、
マドカにお守りを作って渡す、という行為が、
マドカに、友達と一緒にいることが、悪いことなわけがないと、
理屈を飛び越えて、この胸にあふれるあたたかさが
間違っているわけがないと、思わせたんだと思うんですね。
だからこそ、マドカはそれまでの固定観念を抜けて
新しい認識にたどり着くことができたんだと思うんです。
だからちゃんと他メンバーのおかげで、マドカは成長してるんです。
ただそのことを、他メンバーは気付いていない。

物語として、その慎ましさが、すごくいいなと思いました。
誰も知らないマドカの成長……でも、
マドカの両親だけは娘の成長に気付いたんじゃないかなと思います。
マドカ父は、今回マドカがたどり着いた答えを、
ちゃんとわかっている人なんじゃないかと思うんです。
だって、彼は部下のことを大事にして、
世間話をされるくらい部下に慕われているようですし、
そもそも家庭を持っているわけで、孤独な人じゃない。
「最後に頼れるのは自分だけ」であることと
孤独がイコールじゃないことは、知っているはずです。
だから、マドカがちゃんと自分の足で立ちながら
一緒にいられる友達と出会えたことを、
内心すごく、嬉しく思っているんじゃないでしょうか。
ま、僕の想像ですけど(笑)

慎ましさという点では、
那須さんへの対応とかも、よかったですね。
今回のマドカは
「頼れるのは自分だけ」という考えを
否定したわけではないので、
那須さんのことも否定しないわけです。
マドカには那須さんの苦悩もよく理解できたでしょうし
だからこそ、那須さんが馬鹿にされた時、
あれほど怒ったのです。

マドカが最終的に行ったのは、
あなたは間違っている、と那須さんに伝えることではなく
あなたは孤独ではない、と那須さんに伝えることだった
と言えるのではないでしょうか。
頼るどころか、敵同士であっても、
お互い同じ高みを目指す二人であれば、
それは心に勇気をくれるライバルとして
支えあう同志になれる。
それを「友達になりましょう」とか
そういうわざとらしい台詞は使わずに
ちゃんと描いた脚本の慎ましさに拍手ですね。

その他、16話は、
エレナの家事能力の高さを思わせるお弁当とかですね、
サクラコさんの金星頭とかが、印象に残りましたね
そんな丸顔でいいんですかい?っていう(笑)
あと、今回もダークペンからスターペンを取り返せませんでしたね。
やはりダークペンも武器として強化されたということなんでしょう。


なんかもう結構長くなっちゃいましたけど
こっから17話!

16話が求道回だったわけですが、
17話はついに人の道から外れる回となりました(笑)
まさかプリキュアが泥棒の片棒を担ぐとは……。

とか言いつつ、そこは流石に、
都合よく(笑)ドラムスさんの方から仕掛けてくれて
合法的な、勝負という扱いになりました。
ドラムスさんのスターペンをうまく盗み出せればOK
逆に捕まれば、今まで集めたスターカラ―ペンを
ドラムスさんに渡すという条件で、
ブルーキャットとスタプリメンバーは
ドラムスさんの城を探検します。

「意外といい音しますね」とか
「胸躍るネーミング!」とか
色々とおもしろいシーンを挟みつつ
ブルーキャットに変身を求められたのに対し
「悪者ではない方々をやっつけるわけにはいきません」
とのちの展開の前振りなんかをして、進んでいく一行。

ハイライトは宇宙ケロべロスとヒカルの交流でしょう(笑)
ムツゴロウさん並のスキンシップで
宇宙猛獣と即座に仲良くなるヒカル。
そのうち、便秘の宇宙動物を見つけて
「ワタシに任せて!」
とか言い出しそうな勢いです。

そんなこんなで、ドラムスの宝物庫まで到着。
ブルーキャットがやはり惑星レインボーと何か
関係がありそうな雰囲気を出します。
そして、どう見てもホイホイカプセルな
カプセル倉庫にお宝を入れ始めるブルーキャット。
そこにドラムスが現れ、
奪われるくらいなら、壊した方がましだ!
というルールぎりぎりのラフプレイで
ロボットを使って
お宝(まだ自分の)を破壊し始めます。
ついでに、ブルーキャットが盗んだ財宝を
貧しい人に分け与えている義賊だということを
みんな(スタプリメンバー、そして視聴者)に教えてくれます。
まぁ、義賊だろうと何だろうと、泥棒泥棒なんですが……
金持ちだって、苦労してお金稼いでるわけだしねぇ。
いや、ドラムスくんは苦労してないだろうけど
多分ドラムスくんの先祖は苦労して富を築き上げたはず。
だから、一概に、義賊だからOKとはならないと思うのですが、
まぁその辺は、うまいこと、多少盗まれてもビクともしない大金持ちとか
本当に悪いことしてお金を稼いでいるやつを
ブルーキャットは狙ってきたのでしょう。多分。

そして、ついに惑星レインボーのお宝まで
ドラムスが破壊しようとしたところで、
スタプリメンバーがプリキュアに変身して止めに入ります。
なんと一般人相手に変身です!
ドラムスは悪党ではないので、勝負の途中で
ドラゴン兵団に襲われた時には変身しませんでした
でもブルーキャットの大事な物が壊されそうになった時
それを守るためになら変身する。
プリキュアの力が、正義のヒーローの力が
何のためにあるか、を示すいい展開だったと思います。
そして、ヒカルが変身すると言ったとき、
一瞬驚きつつも、何も言わずに他のメンバーが
ヒカルの心情を理解して、変身するというのも
熱いものがありましたね。

プリキュアたちはあくまで惑星レインボーの宝を守るために
変身したので、乱暴な攻撃は仕掛けません。
ドラムスの持つコントローラーを奪えば
ロボットの動きが止まると気付いて奪おうとしますが、
ブルーキャットはそれを自分の力で奪おうとします。
「信じられるのは自分だけなのよ」
まるで16話のマドカのようなセリフです。
マドカとブルーキャットは何かと因縁づけられてますし、
この部分で、いずれ二人の交流が描かれそうですね。

「リモコンを渡しなさい!それで終わりよ!」
とドラムスに迫るブルーキャット。しかしその時
「いや、始まってもいない……」
と言って、カッパードさんが現れます!
キッズリターンか?

なんだかんだカッパードさんに勝った後は、
また変なヤツに襲われたらかなわんというドラムスから
スターカラ―ペンを平和的かつ人道的かつ合法的に受け取り(笑)
スターパレスに行ってノルマをこなします。
助けられた星のプリンセスのサラッとした描写を見ると
なんかアリスSOSを思い出しちゃうんですが
僕だけでしょうか

そして最後は、ブルーキャットが
単純な味方ではないという含みを残す形で次回へ。
16話も17話も、どちらもおもしろくて、良い回だったと思います。
個人的には、特に最近のプリキュアの中では
スタプリはかなり好調な印象なのですが、世間的にはどうなのでしょうか。
怪盗まがいのことをしちゃう辺りも含めて、
正義のヒーローをしつつ、ハッチャけてる部分もあるというか、
昔の子ども向けアニメ的な、自由奔放さを感じるところもあって、
すごく僕は楽しんでいるわけですが。

次回は、ヒカルのお母さん回。まさかの漫画家。
絵柄の90年代感(笑)
今後の展開も非常に楽しみですね!
ではでは!
プロフィール

洗濯

Author:洗濯
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR