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プリキュア一年間ありがとうモード#49

プリアラ最終回でした。
とにもかくにも、まずはこれを言わせていただきましょう。
プリアラ、一年間ありがとうございました!

好き嫌いや不満等、人によって色々言いたいこともあると思いますが
スタッフの方々に対する感謝とリスペクトは、
第一に持っておきたい、そう思う今日この頃であります。

そんなわけで最終回、プリアラ49話の感想です!

皆が、自分の「大好き」を実現させようとした結果、
それぞれの道を、明るい将来に向かって歩き出した結果、
皆の「大好き」な場所であるキラパティを、存続させることができなくなってしまう。
そこでのいちかの、新しい「大好き」のために今までの「大好き」を
失くさなければならない、という葛藤。
プリアラ最終話のテーマは、そんな感じだったかなと思います。
総まとめのテーマとしては、良い感じだったんじゃないでしょうか。

いちかは、「私までいなくなったらキラパティがなくなっちゃう」みたいな事を言い、
それに対してペコリンが「ペコリンたちが頼りないからペコ?」みたいな事と言う。
個人的には、ここでいちかは、ペコリンが頼りないということを言いたかったのではなく、
単純にいちか自身がキラパティという今までの場所を卒業できないでいる、
キラパティに対するある種の依存を無意識に正当化しようとして、
思わず「私までいなくなったらキラパティがなくなっちゃう」的な言葉が出たんだと思います。
その後、ペコリンは勘違いしたまま、自分もちゃんとやれることを示そうとして、
そのペコリンの前に進もうとする、成長しようとする姿を見て感化されて
いちかはキラパティへの依存を乗り越えて、新しい世界に挑戦しにいくのだった、と。

そういう風にまとめると、一本、筋が通るんですが、
観ている間、なんかフワフワしているというか、
本筋をうまくつかめない印象を持ってしまいました。
ちょっと、自分でもその原因はわからないのですが、
とりあえず以下に気になったことを書きます。

長老の肉体が巨大化して暴れはじめ、
プリキュアが止めに入りますが、一緒に止めに入ろうとしたペコリンを長老(霊)が止めます。
あの場面が割と謎で、なんで長老(霊)はペコリンを止めたんでしょうか。
プリキュアたちが長老(肉)を止めるのに失敗した次の瞬間には
ペコリンたちが長老(肉)を止めるために飛び掛かってます。
いちかに、妖精たちだけで頑張って戦う姿、を見せいたい、という
脚本上の都合だけで、あの長老(霊)がペコリンを止めたように思えて仕方ありません。

で、長老(肉)に立ち向かうペコリンたち。
ここは、ペコリンがいちかに、ペコリンたちだけでもちゃんとやれることを示す場面であり
同時に、ペコリンの一年通しての成長を示す場面でもあります。
前の記事にも書きましたが、ペコリンの成長、という縦の筋が
いまいち一年通しての筋として強く感じられない、という点はまぁ、置いておきます。
この場面で気になったのは、結局、ペコリンが、キュアエールに助けられてしまう、ということ。
ペコリンの成長や、いちかがいなくても大丈夫、ということを示す場面なのに、
結局、他の人に助けられるという。
何て言うのかな、
ドラえもんが安心して未来に帰れるように
のびたがジャイアンと一人で戦っていたら
ドラミちゃんが出てきて助けてくれた感じ

とでも言いましょうか。

う~ん、まぁ、前述したように、今回を一本の筋でまとめるなら、
ペコリンの「前に進もうとする、成長しようとする姿」さえ見れば、
いちかが、自分も未知の世界に進もう、と思う精神的な変化の筋は通るわけで、
つまり、ペコリンが妖精だけで、長老(肉)に立ち向かい戦う姿さえ見せれば、
その後、誰かに助けられても良いわけです。
さらに言うと、仲間とのつながりとか、人と人のつながり、助け合い、
という主題を考えるなら、そうやって人に助けてもらいながら戦う、ということは
決して、悪いことではない。
ないんですが、観ていて、一瞬、アレ?助けてもらっちゃうの?と思っちゃったのは事実ですね

さて、次回作の主人公、キュアエールは、すごく良かった。
動きも元気な感じで、う~ん、良い。
最近気づいたんですが、なんか、自分で思ってるよりも
僕はHUGプリに期待しているみたいです。
なんか、すごく楽しみなんですよね。
おもしろくなりそうっていう予感がかなりしている。
主人公のキャラも好きな感じだし、デザインは前の記事で既視感があるって書いたけど、
プリキュア的には割と鬼門の「化粧」をうまくデザインに取り込めていると思う。
ちょっと主人公以外の二人の設定が、ちょっと
元人気子役とフィギュアスケートのスター選手っていう、
現実離れ感があるのが、気になるところではあるんですが
子育てをテーマにしつつ、同時に、お仕事、働く、という点にも
焦点を当てようとしているところが、ちゃんと現代的になっていて、
すごく良いなって思います。
子育てがテーマってことで、女性=子育て、的なステレオタイプを批判する向きもあるようですが
その点、おそらく男性ポジションになるであろうハリハム・ハリーの描き方、立ち位置にも注目したいところです。

閑話休題。
で、まぁ、今回、キラパティがなくなっちゃうっていう話自体がね、
リオくんが継げばよくね?とか、思っちゃって(笑)
いちかがいなくなってもどうとでもなるだろって思ってたんですけど、
途中まではキラパティがなくなるのが嫌だ的なことを言っていて、
いちかが自分の夢を目指しても、ペコリンたちでちゃんとやっていける、
みたいな感じで話が進んでいくわけですけど、
それで最終的に、キラパティをいちかにあげるじゃないですか。
そこで、えーっ!?って思っちゃって(笑)
ペコリンたちでキラパティを存続させるみたいな話の流れだと思ってたので。
長老(霊)が長老(肉)とヨリを戻して(笑)、長老(完全体)になったわけで、
「せめてわしに体があれば……」的なことを長老(霊)が言っていた伏線と合わせて
皆がどこへ旅立っても帰ってこれる場所として、ペコリンや長老の手で
キラパティがあの場所で続いていくんだと、勝手に思ってました。
いちかがキラパティという一つの「大好き」に別れを告げて成長する、という意味でも
いちかがキラパティを手に入れて持ち続ける、というのは、
う~ん、物語の流れとしてはわからなくはないんだけど、
そうなるのかぁって感じと言いますか。

あと、数年後の皆の姿なんですが、
ゆかりさんは何をしてる人なんでしょうか(笑)

プリアラ最終話の感想はそんなところですね、
なんとなく、ん?って思っちゃう場面があって気になったんですが、
それはこの回だけでなく、単純に、僕がプリアラというシリーズ全体に
そこまで乗り切れていなかったから、という部分もあると思います。

プリアラの全体の印象としては、
キャラの描き方が、全体に今一つで、感情移入しづらかった、というのがありますね。
ただ、明るい作風だったので、観ている子どもたちが楽しめたなら、
それは良いことだなと思います。視聴率はともかく、
売上とかは、割と良いみたいな話を耳にしたので。

プリアラ全体の感想は、気が向いたら、
また別の記事で書こうかなと思います。

それでは、繰り返しになりますが
プリアラ、一年間ありがとう!
そしてHUGプリ、これから一年、よろしくお願いします!
ではでは!
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プリキュアキュアペコリン/ラストバトルモード#47/48

先週は更新しなくて申し訳ありませんでした!
友達の結婚式に出席したり、風邪をひいたりしている間に
更新するタイミングを逃してしまいました……

というわけで!
二週分、あわせて感想書かせていただきます!

まず47話は、ペコリンがプリキュアになる、という話でした。
ネットを見ていると、スタッフが以前のインタビューで
「ペコリンをプリキュアにしようと思ったがやめた」
と発言しているのに、結局プリキュア化した、ということを
突っついている方がいるんですが、僕はその辺については、どうでもよいかなと思います。

ちょっと元のインタビューを読んでないので、アレなのですが
ペコリンをプリキュア化しない、というのは
追加戦士ないしレギュラーメンバーとしてのプリキュアにはしない、
という意味合いだと思うんですね。
この物語終盤でのペコリンのプリキュア化は一種のおまけというか
お祭り的な盛り上げ要素に過ぎなくて、別に今後のオールスター系映画に
キュアペコリンがプリキュアメンバーとして出続けるようなことは
ないんじゃないかと思うんですが。
個人的には、この一種の盛り上げ要素が、メイン視聴者である
子どもを楽しませることに貢献するなら、むしろ歓迎されることだろうと思います。

ただ、本当に盛り上げ要素の一つとしてしか機能していなくて
物語としてペコリンがプリキュアになる必然性を感じない、というのは
残念なことではあるのですが。
まぁ、ペコリンの成長を表現する、という意味はあるかもしれません。
でも成長を表現する方法って、別にプリキュアにならなくてもあるわけで
プリキュアを目指して修業した果てに闇落ちしたリオくんのこと等、考えると
ペコリンがプリキュアになったことを、
立派になったねぇ、成長したねぇ、って無邪気に喜べない部分もあるというか。

実を言うと、
そもそもペコリンの成長という縦のラインが、
僕はいまいちピンときてなくて、確かにペコリン人間化回とか
思い返すと、ペコリンの成長を主題にした回もいくつかあるんですが
なんか、プリアラを通してペコリンの成長がしっかり描かれた、
という感じがしないんですよね。なんでかわからないんですけど、
いまいち、ペコリンの成長という要素の印象が薄いというか。
単純に僕がペコリンにあまり興味を持っていないせいか?(笑)

47話は、エリシオさんが、世界を感情のない管理社会に作り替えてしまったところから始まります。
闇の感情というものもまた、大好きという感情と表裏一体のものであり、
そういう悪感情すら消し去ろう、という、ノワール様とはまた別の
エリシオさん独自の目的で作られた管理社会です。

エリシオさんの世界改編の影響を、キラパティカバンの中に隠れたペコリンと長老だけが受けずに済みました。
まぁ、冷蔵庫の中に入って核爆発をやり過ごす人もいますし(笑)
感情を消されてしまったいちか達が、クリスタルアニマル等を、普通にその辺のごみ箱に
一般ごみとして捨ててるのが、かなり衝撃的でしたね。
なんだろう、アニメが終了して数年後には、
子どもも玩具で遊ばなくなって、現実にああいう光景が起こると思うのですが(笑)

感情を失くしたいちかたちに、心を取り戻してもらうために
ペコリンはドーナツを作ります。
管理社会に革命を起こすためにはドーナツが有用だと
先輩妖精に聞いていたに違いありません(笑)

しかし、このドーナツをいちかたちに中々届けられず、
色々ドタバタするんですが、見ていてもう、
そのドーナツ、絶対ホコリまみれになってるだろとか思っちゃって(笑)
グレイブさんが復活して、敵になって、ペコリンの邪魔をするんですが、
ドーナツを踏みつけたり、決定的なことをしないあたり
悪ぶってるけど、やっぱりグレイブさんも、心の底に人間的な優しさがあるんだなとか思ったり(笑)

「大好き」という感情を失った人々が、
自分の好きなものを担いで捨てに来る、という世界観のアイデアは
すごくおもしろかったですね。服装とか勝手に変更しているわりに
そういう部分は世界の住人の自主性に任せるあたり
エリシオさんの性格が出ているような気がします。
自分の手で捨てさせるという、ある種の象徴性に拘っている感じというか。

で47話の感想はこの辺にして、48話の感想に移ります。

48話は最終決戦でした。
この世界から感情を消すために、エリシオさんは
ノワール様とルミエルさんの力を利用します。

この時点で、感情のエネルギーを消すために
ノワールとルミエルという、正と負の感情を象徴する二大キャラのエネルギーを使う、という
エリシオさんの自己矛盾がみられるわけです。
エリシオさんは、自分に感情がない、というけれど、実際には感情があった。
彼の目的自体が、感情を持つ者たちに対する憐れみから発生したものであり
誰かを憐れむことができる時点で、エリシオさんも感情を持っているわけです。

で、エリシオさんが自己矛盾を抱えていること自体は良いんですが、
47話から、大好きという感情は、悲しみや負の感情にも転化しうる、
という主題を匂わせたわりに、その部分については全然、
なんの解答も示せていないように思うんですが、どうでしょう。

「感情があるから人は悲しむんだ」というエリシオさんに対し
「あなたにも感情がある」とプリキュアたちが示したとしても、
何の解答にもなっていないというか。
正の感情があるから負の感情も生まれる、というような
光と闇の表裏一体制というのは、プリキュアではしばしば取り上げられる主題であって、
ドキプリの愛と自己中とか、プリプリの夢と絶望とかもそうだし、
ハピプリの愛があるゆえに人は苦しむ、というのもそうです。
ハピプリはそのデキに関して、色々と言われる作品ですけども、
大きな主題の扱いという一点においては、プリアラはハピプリよりも
良くないんじゃないかとさえ僕は思います。
エリシオさんが提示した問いに対して、
プリアラたちが示した解答、という部分が
僕は全然、しっくり来ていない。

で、他には、最後、プリキュア以外の人々の
みんなのキラキラルを使って問題を解決、というパターンは、
王道ですけど、やはり良いものですね。

47話でペコリンがプリキュアになりましたけど、
誰かの力になったり、悪い何かと戦ったりするために、
わざわざプリキュアになる必要はなくて、
誰もが、自分のままで、人を助け、悪と戦う力を持っているんだと、僕は思うんです。

プリキュアもシリーズを重ねて、その立ち位置を少しずつ変化させてきましたが、
やはり僕の中では、プリキュアは、みんなを導くヒーローではないんです。
プリキュアみたいになろう、とみんなを導くヒーローではなく
誰もがみんなプリキュアの力を持っているんだよ、と気付かせてくれる存在が、
僕にとってのプリキュアなんですね。

次回でプリアラも最終回ですね。
最終回の感想とともに、プリアラ全体のまとめ感想も書こうかなと思います。
ちょっと雑になってしまったんですが
(書きたいことが他にないでもないのですが)
こんな時間になってしまったので(笑)
47、48話の感想はこれで終わりにします。
では!

プリキュアクライマックスモード#46

新年初笑い的な

どうも!当blogの感想としては年明け二発目ですが
プリアラ的には年明け一発目、46話の感想です。

ノワール様の過去話がですねぇ
ちょっと、おもしろくって笑っちゃいましたね(笑)
いや、だってね、これ、
ノワール様の言い分が無茶苦茶(笑)

「俺の心を壊したお前が言うか!」的なことを、
ルミエルさんに言って責めてましたけど、
あの、行き倒れの人にお菓子を食べさせて、
お菓子の作り方まで教えて、親切にしたら、
いきなり、俺のためだけにお菓子を作れって、
その行き倒れだったヤツが言ってきたわけですよ
そんなルミエルさんじゃなくても断りますやん(笑)
「私はプリキュアであることを優先して云々」
とかルミエルさんも言ってますが、
プリキュアがどうかとか関係ないでしょ。
ノワール様の言動、普通に意味わかんないもん(笑)

いや、もう少し、時間をかけていたら別なんですよ。
最低でも、一週間くらい、一緒に暮らして、
ルミエル側にも、ノワール側にも、お互いに
淡い恋心的なものが芽生え始めて……
って感じならまだわかるんですけど、
ノワール様、プロポーズを焦りすぎぃっ(笑)
あれ、行き倒れて、目を覚ましてから
一日か二日くらいでしょ?
そんな短期間で受け入れてくれるのはアナ雪のアナくらいですから。

あと、あの誘いを断るのって、
プリキュアかどうかは関係ないですよね。
普通に、お菓子職人として嫌な話でしょ。
それと、あの話だと、ルミエルさんはノワール様が登場する前から
プリキュアだったってことなんですね。ちょっと意外でした。
ノワール様がいない時は、プリキュアとして何してたんでしょう?

まぁ、出会って二三日の女に
仕事を辞めて俺と結婚してくれ!
と言った男が、それを断られて
逆恨みで世界を滅ぼすことにした、みたいな話ですね。
歴代のボスの中で、一番、動機が小者と言わざるえない(笑)

しかも、そんな話をわざわざプリキュアたちに上映するという。
あの空中に動画を流している場面が、
なんかもうシュールで滅茶苦茶、笑えましたね(笑)
あんな恥ずかしい過去の上映会をするって、
ものすごい違和感があるし、
脚本としても、あんまり良くないと思いますね。

その後の、エリシオさん復活のくだりも、
エリシオさんの内面みたいなのって、今までほとんど描いてなかったし
(表面的な性格やキャラクターは描かれているわけですけど)
こういう裏切りみたいな展開をされてもピンと来ないですね。
ついでに僕は、ノワールの肉体をエリシオが使っていた、という展開からは
ダイの大冒険を思い出しましたね。案外、元ネタかもしれません。
エリシオさんの、全てを無に、という考えは
ノイズ様を連想させますが、次回予告を見ると
フレッシュプリキュアのラビリンス的な、管理国家感がありますね。
皆、同じ服を着て、画一的に、感情まで制御されてという感じの。

さて、そんなわけで、
ノワール様のくだりばかりに注目してしまったわけですが
それ以前もね、ある種、まとめ的な、いちかと、
他のキャラクターたちの描写があって、
まぁ、その部分は、悪くなかったかなと思います。

バースデーパーティーも、楽しそうでね、
あそこに乱入したノワール様は、いちかの父母からエネルギーを吸い取るより、
負の感情でいっぱいにして喧嘩させたりした方が、
いちかへ精神的ダメージを与えられたと思うんですが、
そういうところが、エリシオさんと違うところかなと思います。
案外、甘いところがある、という風にも見れますね。

46話の感想はそんなところですね。
で、ついに次回のプリキュアの番宣きましたね!
次は子育てということで、ついに来たか!って感じですね。
子育てって、女の子向けではわりと定番で、
プリキュアでも、フレッシュのシフォンや、魔法プリのハーちゃん、
ドキプリのキュピラッパーとか、子育て要素は取り入れていましたし
おジャ魔女でもハナちゃんがいましたね。
今回はその子育てを、メインテーマに取り入れてきたわけですね。

キャラのデザインとかで言うとですね
キュアエトワールが、もうキュアベリーにしか見えない(笑)
大人っぽい感じとか、髪型とか、ベリー感がすごい。
このキャラは苦労しそう(笑)
変身前はなぎさっぽいですけどね。

エトワールはキュアベリーっぽいと思うんですが
キュアアンジュも、なんだか既視感のある髪型なんですよね
変身前も含めて。
個人的にはHUGプリのデザインは、既視感をすごく覚えます。
まぁ、川村さんもキャラデザ三回目だし、
プリキュアも15年目だし、まぁ仕方がないっちゃ仕方がないんですが。
でもその中で、主人公のキュアエールは良いですね。
パッツンの髪型って今までいなかったので、すごく個性がある。
予告を見る限り、キャラの性格も良さそうなので、
結構、期待してます!

で、プリアラの次回は、まさかのペコリンがプリキュアに!
もうね、なんなの、リオ君があれだけ苦労してなれなかったのに!
結局、大事なのは性別やないかーい!(笑)
とかなんとか。ではまた!

プリキュア留学モード#45

明けましておめでとうございます!!

今年も、よろしくお願いします。
本当に昨年から忙しくて、このブログを続けるかどうかって
そういう話も、僕の中ではあったわけですけど、
まぁ、できる限りは続ける所存です。

去年の最後の記事で、ミラちゅーが二日連続放送ですごいね!
って話をしたんですけども、これが、二日とも総集編って言うね。
しかもクリスマスイブ放送なのに、その前の週に
クリスマス回をやってしまっていて、
クリスマス真っ盛りに、年賀状書いたりとか、もう年末正月モードの話をやるっていうね、
まぁ、スゲーなって思ったんですけども(笑)


では、新年一回目、プリアラ45話の感想です!

が、

あんまり言いたいことないっていう(笑)

うん、今年は、省エネで行こうかなって言うのもあるんですけど
そんなに、今回の話は書きたいことないかなぁっていう。

ゆかりが留学を決意するって話だったんですけど、
なるほど、今年の留学枠はゆかりだったかぁっていう驚きはありましたね(笑)
割とありますよね、プリキュアの留学話。
しかも留学先がコンフェイト王国というのはビックリでした。
パティシエを目指すキラリンの留学先には選ばれない程度の国なので
いまいち、この留学が良いのか悪いのか判断が付きませんが(笑)

ただ、やっぱり唐突な感じはしましたね。
ゆかりの留学であり、夢であり、色々と。
性格や設定が、難しいキャラなので、
描く方も大変だったと思うのですが
観ている方としても、うまく捉えられなかった感じがします。

キラパティのクリスマスパーティーで、
ゆかりは留学を発表したわけですが、
別に、ゆかりとそこまで仲の良い人ばかりではないし、
いきなり何言ってんだ、この人、みたいに思った人もね、
いたんじゃないかと思うんですが(笑)
というか、クリスマスっていうスイーツ屋の稼ぎ時にね、
シエルは一体、何やってるんだよって言う。
自分の店はどうしたんだ(笑)

で、今回は、やはり最終回が近いこともあって、
みんなの別れの予感、みたいなのも、主題の一つだったと思うのですが
それを、ゆかりのメイン回でやるのが良かったのかどうか、
しかも割と唐突な留学の話だったということもあって、
ちょっと消化不良感がありました。

あと、ゆかりは、いちかとあきらと、二つの特別な関係を持っているので
その部分でも、話がうまく一本化されない感じというか、
話がバラけてしまう感じがするんですよね。

ゆかりの留学も唐突な話でしたが
今回は戦闘の始まり方も唐突でしたね(笑)
いきなりエリシオさんが現れてね、多分、本来は
あの辺にもう数カットあったんだと思いますが、時間の都合か何かで省いたのでしょう。
今回、エリシオさんも急に焦り始めたなって感じがしたんですが、
まぁ上司にドヤされたからしょうがないね(笑)


今回の感想は、そんなところです。
次回はいちかの誕生日って、いちかだけ誕生日回やるんですかっ!?
う~ん、それはあんまりやってほしくなかったなぁ。
他のキャラはエンドカードで済ませたわけだし。
まぁ、主役だから、多少の優遇はしょうがない、のか?
では、また次回!

プリキュア姉妹愛モード#44

愛だ!
愛だ!

愛だ!
愛だ!……

こんなん笑うわ(笑)
どうも!僕です!
そのエコー、いるか?
キュアエコーのことではないです

プリアラ44話の感想です。
クリスマスですねー。
ミラちゅーが今日明日連続二日放送とか、中々すごいことをしてますけども。

今回はあきらメイン回。
話の設定が秀逸だったと思います。

プリキュアを倒すために
プリキュアの関係者を精神的に追い詰めるというのが
エグくて、今までで一番、エリシオさんのいやらしさというか
エリシオさんの特徴が発揮された作戦だったのではないでしょうか。

今までも、プリキュア関係者を狙う作戦はあったわけですが、
物理的に攻撃するのではなく、精神攻撃を仕掛けるあたりが
本当にエグくて良いですね。
お姉ちゃんを思う妹の心理を利用するというのが、清々しくゲス。

で、そういう、今回の問題の起こし方は素晴らしかったんですが
その解決シーンは、あまり好きではなかったですね。
あきらが、結局、全然、揺るがないでしょう。
「その寂しさが、私の強さで、愛だ!(エコー)」
みたいな。
いや、それによってあきらが強くなったとか、そういうんじゃなくて、
そのせいでミクちゃんが悲しんでいることが問題なのであって
なんか、もの凄い自己完結感がある。

その後、ミクちゃんに自分の気持ちを伝えるのは良い。
ミクを助けたいって気持ちが初めにあるけれども
そのことによって、ミクと同じような人を助けたい、という思いもでき、
あきらの中に夢が生まれた。
だからミクに縛られているわけじゃなくて
ミクのおかげであきらは夢を見つけることができたんだ!っていう。
これは、非常に良いですね。納得できます。

ただ、その直前の、あきらの闇落ちキャンセルはどうも。
今回の脚本家が田中仁さんなんですが、
やっぱり癖なんですかね。
主人公が客観的なきっかけなしに
自己完結的に闇落ちから立ち直る、みたいな流れ。
はるはるやいちかの闇落ち復活もそういう感じでしたし。
このやり方は、どうも好きになれません。

あと、この前の、あおい回でも思ったんですけど、
エリシオさんのやってることと発言が少しずれてるように思うんですね。
あおい回だと、
ライブの客を全員、洗脳して、さらにあおいを閉じ込めて、
「これであなたの夢も終わりです!」
みたいに発言してたじゃないですか。
でも、あの状況って、夢がどうとかいうレベルの話じゃないでしょ(笑)
味方から孤立して、閉じ込められて、下手したら生死に関わる問題で、
確かに死んだら夢は終わりだけど、なんか、
夢とかよりもっとヤバい状況でしょう。あれは。

キララのオーディション回みたいに、
自分の夢にとってもの凄く重要なものを潰されるのならともかく、
仮にあのライブが一回潰されたからと言って、
あおいの夢が終わるわけではないですし、
なんか、ズレてるんですよね。エリシオさんの発言が。

で、今回も、ミクの作り上げたモンスターの中に
あきらを引き込んで、
「ここで二人一緒にいた方が幸せじゃないのか」
みたいなこと言うんですけど、
目の前に、明らかに不幸せそうなミクちゃんがいるんですけど!?
っていう。
仮にね、あそこで洗脳されたミクが現れて、
「お姉ちゃん、ここでずっと一緒に遊んでいようよ」
みたいに誘って来るならわかるんですけど、
あんな動きを封じられた状態のミクを見て、
ここでミクと一緒に云々とか、絶対、思わないじゃないッスか。
なんか、エリシオさんの発言が、よくわかんないんですよね。

で、あと今回、気になったのは、闇の世界に行くための電話ボックス。
確かに、電話ボックスを使って、ジュリオやビブリーが
向こうからこちらの世界に来てたのは知ってるんですが
向こうに帰る時とか、電話ボックス使ってなかったし
ディアブルさんとかが電話ボックス使ってるの見たことないし
『電話の前でミクがいなくなった→闇の世界に連れて行かれたのかも』
っていう発想が出る程に重要な要素だとは思ってませんでした。
ところで、何で電話なんですかね。
モチーフとして、暗喩的な意味があったりするの、僕、すごく好きなんですが。

あと、今回のミクちゃんは、こころちゃん感がすごかった気がする。
他の回ではあんまり思わなかったんですが、
今回は、あー、こころちゃんの声だぁって、やたら思ったんですよねぇ。なんでだろ。

次回はゆかりのメイン回。
『撫でられるばかりが猫じゃない』って言葉としては格好良いんですが
ゆかりって、他人を撫でてるイメージはあるけど
他人に撫でられているイメージってないですよね。
だからゆかりのイメージとしては、ピンと来ない台詞だなと個人的に思うんですが
兎にも角にもゆかりの重大発表とは!?
次回を待ちましょう!ではでは!
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